2011
07
08
関先生からのメールをご紹介します。
5月に静岡での同期会をご案内した時のご返事です。
安達克佳様
東日本大災害で被災地の方ばかりでなく日本全体が不安に包まれているようです。元気を出して立ち上がらねば日本の未来はありません。その意味で、伊豆温泉での同期会は大いに賛成・・・願わくば岩手の名酒など酌み交わし大いに盛り上がってください。
近況ですが、一昨年に大病しましたが一病息災と思い日々を過ごしております。なんとか今年は喜寿を迎えることができました。どうぞみなさんによろしくお伝えください。
関 尚彦
追記
ところで森中3年D組に当時の田中教頭の娘さんである田中ゆかりさんがいましが、その田中教頭さんは娘さんのいる陸前高田に住まいして今回の災害に会われました。
だが、地震のとき田中先生は大船渡にいたのですが、すぐ帰り避難所にいた奥さんと娘さんを車に乗せて山へ逃げて命を拾ったと申しているそうです。
なお、陸前高田の避難所にいた人びとは全て津波にやられてしまったのはご存じの通りです。田中先生の自宅も水没してしまい、いまは花巻にいるそうです。
このことをお知らせしたのは、その娘さんがゆかりさんなのか、彼女のお姉さんなのかはっきりしませんが、同期会の名簿でゆかりさんの住所が岩手県九戸郡・・となっているので、もしかして陸前高田にいたのはゆかりさんかもと思ったからです。無事なことは間違いないのでホッとしています。
2011/07/08 (Fri.)
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ちどりあし日記
2011
07
07
私たちは3年生の時、ビニールハウスでメロンを栽培しました。
秘術の時間でした。先生は佐藤哲也先生です。
自分のメロンは人よりも先に1個だけ大きくなりました。
佐藤先生が、「安達、このメロンを切ってしまった方がいいぞ。次のメロンが栄養をとられて育たないから。」
しかし、私はこのメロンはすべての栄養を吸収して大きくなると信じてそうしませんでした。
収穫の頃、他のみんなにはたくさんのメロンが育っていました。
私は目先の欲にとらわれると痛い目に遭うことをメロン栽培から学びました。
「くっそ~・・・」
2011/07/07 (Thu.)
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ちどりあし日記
2011
07
07
七色股引(なないろももひき)
男子は年頃を迎え、格好をつけるようになりました。
寒くても股引をはかずにヤセガマンしました。
ところが別なクラス(D組意外)のS君は男気がありました。
彼は曜日によって色が違っていました。
「何色持ってるのよ」と聞いたら七色あると言っていました。
恥ずかしがらずに堂々とはくその姿は男気に溢れていました。
自分もそんな男気がほしいと思ったのを覚えています。
2011/07/07 (Thu.)
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未選択
2011
07
06
あの頃、男子は刈り上げが普通でした。
服装は個性の強い(?)方達がラッパズボンというのをはいていました。
パンタロンと同じ意味だと思いますが・・・。裾の広がりが違うのかも・・・?
ある時、高校生が3人横並びで向こうからラッパズボンで私の方に近づいてきました。
これがラッパズボンか・・と驚いてみていたら、急に彼らの後ろから突風が吹き、3人のラッパズボンがバタバタバタバタとたなびきました。
この雄大な光景に見とれてしまったのを覚えています・・・。
2011/07/06 (Wed.)
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ちどりあし日記
2011
07
05
文化祭での仮装行列
森中学校3年の時、、町内を仮装行列しました。
私たちのグループは谷垣君の家に集まり、何かをテーマに仮装の道具を作りました。
「魔女」だったか、「魔法使い」だったか、忘れてしまいましたが・・・。
ちょうどその頃、女子の間で「ホットパンツ」というのが流行しました。
仮装行列の時に女子が数名はいていました。
男子にとって見ると、それは小学校低学年の時にはいた半ズボン的なものでした。
女子がはくとまぶしくててまともに見ることができなかったのを覚えています。
「ホットパンツ」と言う言葉を初めて聞いた時、いったいどんなパンツ?と想像したのは私だけでしょうか?

2011/07/05 (Tue.)
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ちどりあし日記